• 浅井郁子

無理をし過ぎない


家族の介護は無理をするから、介護以外のことは「無理をしない」と思うようになった。 無理をしないことが正しいことかどうかはわからないけど。

無理をしないというのは、こうしたほうがいいはずとか、こっちの方が正しいはずとか、そういう物差しを基準にしないこと。 仕事ではそういうことも大事なんだけど、プライベートではもうあまりそうしないの。 それが介護を通して得たものかな。

仕事で手は抜かないようにしている。 それでも、無理はし過ぎない。 体を壊したら意味がないからね。 壊れちゃいけないよ。 趣味やプライベートではもう無理はしない、ええかっこしないということ。

父の介護は短かった。でも、濃かった。 認知症介護の大変さは、うちの場合は初めの1,2年だけで。 途中で父は脳梗塞を起こして失語症になったから、そっちのほうが私には大きな影響があったのね。 大変さではなくて、影響の大きさとして。

話せない、文字がわからない、人とのコミュニケーションがことばを使ってできない。 80年生きてきて、初めてそれも一瞬のうちにそうなった父。 あんなにおしゃべりが好きで、活字中毒で、とにかく言葉というものが大好きだった人なのに。 想像すらできないことに、私は「まいった」のだと思う。

今考えると、父の代わりになる!と言うのが私のすべてのモチベーションだった。 私が父の代わりにできそうなことや考えうることは全部しようとした。 そのために無理をしたのね。 でも、無理をしたかったんだね。 その時に、「他のことは無理をしなくてもいい」と思い知った気がする。

無理をしないということは、外に向って何かを宣言をしないということでもあります。 他人には、自然に、勝手に、判断してもらえればいいという感じ。 仕事においても、趣味においても、プライベートのいろいろな場面でも、そういうスタンスになりましたね。

介護を経験して、いちばん変わったことはこれかな。 無理をし過ぎないことです。


50回の閲覧

最新記事

すべて表示

世間話

ボランティア先での世間話。 「台風は北朝鮮のほうに行けばいいのにね~」 「北朝鮮のミサイルって、自爆しないのかしら」 笑いながらそれに賛同する人たち。 ちょっと悲しくなった。 そこに庶民が暮らしていることに思いが及ばないのかな。 北朝鮮の国民だったらみんな被害にあってもいいと思うのかな。 それって、当時敵国だった日本に原爆が落とされても仕方がないでしょ、と言う一部のアメリカ人と同じにな

先輩に学ぶ

民生児童委員を引き受けて今年で2期目・4年目を迎えた。 我が地区は人数もそれほど多くなく、こじんまりとしていてなんだか居心地がいい。 女性委員は主婦が多いが大半はパートで仕事もしている。 男性委員も案外いて、自営業の他にほぼフルに働いている人もいる。 みんな両立しながら務めている。 先日、研修で隣の区の公会堂へ行った。 私はバスと電車を乗り継いで行った。 席について始まるまで先輩委員た

©  Writer Ikuko Asai