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浅井郁子

制度は必要なときに堂々と使える世の中に。


介護保険や自立支援、もしくは生活保護につなげる難しさ。 主に、高齢の男性、ひとり暮らし、親族とは音信不通、あるいは互いに連絡を取り合わない。 なぜ難しいか。 彼らは現役の時とのギャップに苦しんでいる。 話してみると、仕事をしていた頃の誇り高き思いがある。 その頃と今との違い。 見られたくない、とやかく言われたくない。 少し困ってはいるけど、困っていると思われたくない。 だから「ほっといてくれ」となる。 しかし、大家さんが心配する。 時には道端で起き上がれなくなっている。 満足にものを食べていない。 医者にもいかない。 だって、支援につなげられるのが嫌だから。 支援なんてさ、上から目線で、もしくは施し風で。 なんで自分がそんな立場になったのだろう? その思いから一歩も前に進めない。 そして何年も時が過ぎていく。 ほんとに何年も。 生活保護の不正受給問題?で騒ぐ状況じゃないのだ。 国の制度を必要なときに堂々と使える世の中こそがすべての人々がこの国で幸せに暮らせるということ。 (17-01-23)


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